G-ZRD88RV0FB 通訳案内士のデビュー戦、お客様に見せるファイルを忘れ…!腹をくくったら信じられないほど饒舌に! - 通訳ガイドのオモテナシ奮闘記 by ばるばら

通訳案内士のデビュー戦、お客様に見せるファイルを忘れ…!腹をくくったら信じられないほど饒舌に!

通訳案内士

資格を取って初めての仕事、覚えてないです。個人だったか団体だったか?

資格を取る前にアシスタントで個人のお客様のご案内も数多くこなしていました。でも「初めての団体の仕事」は覚えています。

団体デビューはクルーズのお仕事

通訳案内士の資格を取って初めての団体のお仕事、それは日本に寄港したクルーズ船のお客様のご案内でした。とても嬉しくて数日前から準備をしていました。

晴海ふ頭にクルーズ船が到着し、オプショナルツアーに申し込んだお客様が下船され、各ツアーのバスに分乗され都内と鎌倉方面を観光されるというものです。初日は横浜の三渓園と鎌倉、2日目は都内観光をご案内する2日間のお仕事でした。

ガイドの武器となるファイル

準備の中でも、特にお客様にお見せするファイルの作成には余念がありませんでした。

そのファイルの中には天皇陛下と皇后陛下を初めとする皇室の写真や、明治天皇以降の皇室の家系図、皇居全体の見取り図、かつての江戸城の再現図、五重塔の断面図、仏像の種類などのイラストをファイルにしたものです。

サムライの説明用にイケメン二枚目俳優さんの大河ドラマの写真を載せました。週刊誌から破いたもので、外国の人から見てもカッコイイ俳優さんです。これは自信がありました。背後の木造建築の日本の町(映画のセット)も説得感があったし、着物も草履も日本人の身体的な特徴を話すのにはばっちりです。

私の説明だけでは伝わらないところを視覚に訴えようと思ったのでした。言葉だけで伝わったとしても、やはり目にモノを見せた方がより具体的なアイディアがお客様には伝わるものです。

力作のファイルは完成し、見せ方の練習もしました。これでひと安心です。伝え忘れもなくなるし、それにお客様はファイルの方を見るので、私の顔から視線が離れますね。

徹夜で作ったファイルを忘れるバカ

しかし…、いざ港に着いたら、なんとそのファイルがありません。

バッグに入れたのに見当たらない!どうやら持ってくるのを忘れたようです。お客様の視覚に訴えるものがない…!と言うことはすべて私のつたない説明でやらなくてはならないわけです。

「あんたアホちゃう!?」と思いました。昨夜まで寝ないで何日もかけて完成させたのに…!

が、「もうやるしかない」、そう思うと気合が入りました。見せるものがなくても「お客様がまるで手に取るようにわかればいい、懇切丁寧に説明すればいいのだ」と思いました。

そして、いざ!始まってみると絶好調の集中力です。活舌も、テンポも、構成もバッチリです。私は原稿を作らないタイプのガイドですが、話したいことが次から次へと泉のように沸いてきます。お客様へのアイコンタクトもバッチリで、お客様の相槌や反応も利用して話を膨らませます。今思い出しても最高のパフォーマンスでした。

初日の忘れ物というバカみたいな失敗のおかげでスイッチが入り、デビュー戦は自分にとって最高の自信となりました。

ファイルよりも大事なこと

そのデビューから十数年経った今、これまでの全てのツアーを振り返ってみると、最高のパフォーマンスをしたのはすべて集中してツアーに臨めた時です。

一方でツアーが重なり、一日の休みもなく次のツアーに出た時は、前のツアーの意識が残ってしまったりして、イマイチ集中できてなく、自分でも納得のいかないご案内になりがちです。スイッチが入るどころか全てが惰性で、すべて自分が悪いのに自分でも納得がいきません。そんな時はお客様の反応もイマイチです。

お客様の反応はとても顕著なものです。忘れ物をしたデビュー戦はお客様もノリノリで「そうよね、日本の立場はわかるわぁ」とか「おお、さすが日本人ね」「あなた達は特別な民族よ」と最高のリアクションを下さいました。

一方でこちらがスィッチが入り切ってないと、お客様の反応は”悪くはないが最高ではない”という感じです。

自分にスィッチを入れるために

デビュー戦はファイルを忘れたおかげで集中力のスィッチが入ったのですが、それ以降はファイルを忘れなくてもスイッチを入れれるようになりました。

今ではツアー初日の前日は予定を入れないようにしています。若いころは仕事の前日や中日にも飲み会などを入れて夜出かけたりしていました。しかし現在は、例えばツアー途中の都内観光の夜、お客様の夕食がフリーでガイドは自宅に帰っていい場合、飲み会等に誘われても断ることにしています。

それは緊張の糸が切れるからです。緊張感がなくなると勘違いやミスも起こります。若いころは勇気があったからか、怖いもの知らずだったのでしょうか。年を取ってからはだんだん器用ではなくなってきたのかも知れません。

どれも集中してれば防げたミス

長く続けると誰も失敗の一つや二つはありますね。失敗ゼロの人なんていません。でも思い返すと私が起こしたミスは全て防げたミスなんです。ツアーの準備期間を十分とって集中力を高めていたら、ミスをしたところは注意する箇所としてマークしていたはずです。

ここ数年は大きなミスはないですね。そのうちまた何かやらかすのかも知れないけど、それを防ぐためにオンとオフのスイッチを大切にしたいと思います。

そして自分と言う人間は”集中力のスィッチを入れれば最高のパフォーマンスをする”という事実、これは小学生の時に発見したかったですね。しかしあの日、自信のないデビュー戦にファイルを忘れたおかげで、集中力のスィッチを入れることが大事だとわかり、あのツアーは忘れられないお仕事となりました。

行方不明になったファイル

ファイルは今でも愛用しています。現在のものは2代目です。初代のは浅草寺のおみくじを説明した時に、おみくじの台の上に置いてきてしまいました。

すぐに戻ったのですが、もう無くなっていて、そこにいた人に見かけなかったか?と尋ねると「私たちが来た時はありませんでした」とのことです(泣)。お寺の事務所にもなく、夕方浅草寺に戻って、ごみ箱から集めた全てのゴミも見てもらいましたが見つかりませんでした。

警備の人は「そんなモノを持っていくのは同業者かな。最近は外国の人も案内してるしね」「観光客は荷物多くて、ガイドブックならともかく、そんな余計なモノは持って行かないだろうね」とおっしゃられました。

同業者が…?そんな事あるのかなあ、人が使ったファイルなんて。ああ、そうか、あのファイル、そんなに良くできていたのか?特にT沢H明のサムライの写真は最高に良かった。今も誰かがアレを活用して日本文化の理解が高まってくれてるのなら…。

いやいや、人の褌で相撲を取るのはやはりいけないことです。